スリーシェルズは、協力出版による楽譜「黛敏郎作曲による0系新幹線チャイム」(解説:西耕一、萩生哲郎)が2019年10月1日に一般発売されたことを10月1日に告知した。
【斬新すぎる新幹線チャイムの楽譜発売!】
黛敏郎作曲の幻の「新幹線チャイム」が楽譜で発売!
「時代の先端を行く音楽で、一般人には理解しにくいでしょう」(作曲家 浜口庫之助・談)
1964年に開業した東海道新幹線。その車内アナウンスの前に流れたオールゴールによるチャイム音楽。当初は「鉄道唱歌」が使われていましたが、時速200キロの新幹線にふさわしい「最先端の音楽」をとのリクエストを受けて変更されました。2代目新幹線チャイムの音楽を作ったのは、当時最先端の作曲家であり、世界的な知名度のあった黛敏郎でした。
できあがった新幹線チャイムは、「斬新さ」に驚いた乗客から賛否両論が国鉄へ意見が寄せられ、新聞に投書がなされるほどでした。その結果、世界的にも斬新だった2代目新幹線チャイムは、短期間で使用されなってしまいました。いまや幻となり、なかなか聴くこともできません。
その幻の「新幹線チャイム」が作曲から約半世紀を経て、楽譜として復元され、発売されます。
ピアノ用の楽譜となっていますが、ピアノ以外での演奏も可能であり、様々な楽器による演奏が期待されます。
すでに先行販売で楽譜を手に入れたファンによるYou Tubeへの演奏などへの音源もあげられています。
未来の音楽へ夢をはせた日本の作曲家、黛敏郎の音楽を楽譜で御堪能ください
【商品詳細】
黛敏郎:0系新幹線放送チャイム (昭和43年/1968年)
¥1,000
税込|菊倍|4頁
協力・企画:黛家、スリーシェルズ
復元・採譜:今堀拓也
序文・解説:萩生哲郎、西耕一
販売ページ(通販)
https://muse-press.com/item/mp02203/
収録CD 黛敏郎電子音楽作品集(電子音楽による演奏版)
https://3scdjrl.shopselect.net/items/17385572
0系新幹線のチャイムについて
列車の車内放送前のオルゴールは「これから放送が始まります」というお知らせと、「旅情を慰めよう」というサービスからはじまりました。1958年から「ブラームスの子守唄」が使われるようになり、1960年からは「鉄道唱歌」が使われるようになりました。それを受けて1964年10月に東京駅-新大阪駅の間で開業した東海道新幹線でも「鉄道唱歌」が使われていたのですが、時速200キロの超特急に相応しいのだろうか?という意見や、「鉄道唱歌」そのものを短く編曲しているため後半が原曲と違う、という意見もあり、新たなチャイム音楽を依頼することになりました。
その音楽作曲へ白羽の矢が立ったのは、黛敏郎。1964年の東京オリンピックの開会式・閉会式で再生された電子音楽「オリンピックの鐘(オリンピック・カンパノロジー)」で好評を博し、世界的な知名度を誇る気鋭の若手作曲家でした。
黛敏郎によって「新幹線のスピード感と近代性を表現した」2曲が作られ、そこから1曲が選ばれ、チャイムとして使われるようになりました。
運用は1968年9月からでしたが、使用頻度は東京-新大阪間で「ひかり」7回、「こだま」2回だけでした。当初は気づかない人も多かったようですが、次第に知る人も増えて、乗客からの反応も国鉄に寄せられるようになりました。様々な意見があったようで、それを受けた国鉄が、当時のポピュラー音楽界の大御所であった浜口庫之助に意見を求めたという場面もありました。その感想は「時代の先端を行く音楽で、一般人には理解しにくいでしょう」。国鉄としては「音楽は趣味の要素が強いので人によって感じ方が違う」などと新聞などを巻き込んだ議論にもつながったようです。その結果、この斬新な新幹線チャイムは1970年の大阪万博頃まで使われて、残念ながらその後は廃止されてしまったようです。当時、車内で使われた「オルゴール」は現在のオークションでは数十万の値段もつくほどの人気です。なかでも新幹線の圧倒的な存在感と近代的なイメージ、憧れに結びついた黛敏郎によるチャイムは特に貴重で探しているファンも多いようです。この度、音楽家の今堀拓也によって楽譜が復元され、出版されました。個人的にピアノで弾いたり、発表会で弾いたり、ピアノ以外の楽器で演奏しても良いでしょう。非常に広がりのある愉しみを持った楽譜の完成となりました。
(西耕一)。
■本件や所属・関連アーティストに関するお問い合わせは下記までお願い致します。
株式会社スリーシェルズ
〒170-0013 東京都豊島区東池袋5-7-6-604
TEL:070-5464-5060
http://www.3s-cd.net/
メール jcacon@gmail.com
担当 西
【斬新すぎる新幹線チャイムの楽譜発売!】
黛敏郎作曲の幻の「新幹線チャイム」が楽譜で発売!
「時代の先端を行く音楽で、一般人には理解しにくいでしょう」(作曲家 浜口庫之助・談)
1964年に開業した東海道新幹線。その車内アナウンスの前に流れたオールゴールによるチャイム音楽。当初は「鉄道唱歌」が使われていましたが、時速200キロの新幹線にふさわしい「最先端の音楽」をとのリクエストを受けて変更されました。2代目新幹線チャイムの音楽を作ったのは、当時最先端の作曲家であり、世界的な知名度のあった黛敏郎でした。
できあがった新幹線チャイムは、「斬新さ」に驚いた乗客から賛否両論が国鉄へ意見が寄せられ、新聞に投書がなされるほどでした。その結果、世界的にも斬新だった2代目新幹線チャイムは、短期間で使用されなってしまいました。いまや幻となり、なかなか聴くこともできません。
その幻の「新幹線チャイム」が作曲から約半世紀を経て、楽譜として復元され、発売されます。
ピアノ用の楽譜となっていますが、ピアノ以外での演奏も可能であり、様々な楽器による演奏が期待されます。
すでに先行販売で楽譜を手に入れたファンによるYou Tubeへの演奏などへの音源もあげられています。
未来の音楽へ夢をはせた日本の作曲家、黛敏郎の音楽を楽譜で御堪能ください
【商品詳細】
黛敏郎:0系新幹線放送チャイム (昭和43年/1968年)
¥1,000
税込|菊倍|4頁
協力・企画:黛家、スリーシェルズ
復元・採譜:今堀拓也
序文・解説:萩生哲郎、西耕一
販売ページ(通販)
https://muse-press.com/item/mp02203/
収録CD 黛敏郎電子音楽作品集(電子音楽による演奏版)
https://3scdjrl.shopselect.net/items/17385572
0系新幹線のチャイムについて
列車の車内放送前のオルゴールは「これから放送が始まります」というお知らせと、「旅情を慰めよう」というサービスからはじまりました。1958年から「ブラームスの子守唄」が使われるようになり、1960年からは「鉄道唱歌」が使われるようになりました。それを受けて1964年10月に東京駅-新大阪駅の間で開業した東海道新幹線でも「鉄道唱歌」が使われていたのですが、時速200キロの超特急に相応しいのだろうか?という意見や、「鉄道唱歌」そのものを短く編曲しているため後半が原曲と違う、という意見もあり、新たなチャイム音楽を依頼することになりました。
その音楽作曲へ白羽の矢が立ったのは、黛敏郎。1964年の東京オリンピックの開会式・閉会式で再生された電子音楽「オリンピックの鐘(オリンピック・カンパノロジー)」で好評を博し、世界的な知名度を誇る気鋭の若手作曲家でした。
黛敏郎によって「新幹線のスピード感と近代性を表現した」2曲が作られ、そこから1曲が選ばれ、チャイムとして使われるようになりました。
運用は1968年9月からでしたが、使用頻度は東京-新大阪間で「ひかり」7回、「こだま」2回だけでした。当初は気づかない人も多かったようですが、次第に知る人も増えて、乗客からの反応も国鉄に寄せられるようになりました。様々な意見があったようで、それを受けた国鉄が、当時のポピュラー音楽界の大御所であった浜口庫之助に意見を求めたという場面もありました。その感想は「時代の先端を行く音楽で、一般人には理解しにくいでしょう」。国鉄としては「音楽は趣味の要素が強いので人によって感じ方が違う」などと新聞などを巻き込んだ議論にもつながったようです。その結果、この斬新な新幹線チャイムは1970年の大阪万博頃まで使われて、残念ながらその後は廃止されてしまったようです。当時、車内で使われた「オルゴール」は現在のオークションでは数十万の値段もつくほどの人気です。なかでも新幹線の圧倒的な存在感と近代的なイメージ、憧れに結びついた黛敏郎によるチャイムは特に貴重で探しているファンも多いようです。この度、音楽家の今堀拓也によって楽譜が復元され、出版されました。個人的にピアノで弾いたり、発表会で弾いたり、ピアノ以外の楽器で演奏しても良いでしょう。非常に広がりのある愉しみを持った楽譜の完成となりました。
(西耕一)。
■本件や所属・関連アーティストに関するお問い合わせは下記までお願い致します。
株式会社スリーシェルズ
〒170-0013 東京都豊島区東池袋5-7-6-604
TEL:070-5464-5060
http://www.3s-cd.net/
メール jcacon@gmail.com
担当 西