WWIP中国商標法レポート : 評釈「中国2019年商標法改正による悪意の商標」
株式会社ワールドワイド・アイピー・コンサルティングジャパン (WWIP : 東京都港区) は、本年4月23日に公布された改正中国商標法に盛り込まれた、「悪意の商標申請に対する規制の明確化」に関する評釈(筆:WWIP中国法顧問 髙橋孝治)を6月10日に発表しました。
(以下、全文)
中国の2019年商標法改正による悪意の商標
中華人民共和国(以下「中国」という)では2019年4月23日に「『中華人民共和国建築法』など8本の法律を改正することに関する決定(中国語原文は「関于修改〈中華人民共和国建築法〉等八部法律的決定」)」が全国人民代表大会常務委員会で可決され、同日公布されました。これにより、中国の商標法は改正され、2019年11月1日より改正法が施行されることになります。
この改正により、中国の商標法は、「悪意の商標申請」や「とりあえずの商標権取得」に対する規制が明確化されことになりました(註1)。中国では、商標を用いて経営活動をする気がないにも関わらず、他社(特に外国企業)が既に使っている商標をとりあえず申請して、他社が自社のロゴなどを中国国内で使えないようにして、後に商標権を高額でその会社に売却するなどのいわゆる商標ゴロがよく見られます。今回の中国の商標法改正は、その条文からこのような商標ゴロ対策のための法改正と言えるでしょう。中国では、このような商標ゴロが多くいるため、外国企業にとっては、中国では一部の企業がその商標でトラブルになることが多くありました。
これは中国で企業活動をする外国企業にとっては大きなことであると言えるでしょう。これまで、自社商標を中国で登録しようにも、既に別の者に商標登録されていることもありました。もっとも、中国では、先に商標登録をした者が商標を必ず独占的に使用することができるという訳でもありません。これまでにも中国では、事実上商標を先に使用していた者の商標権を先に商標登録した者に優先して認める裁判結果が出たことがありました(註2)。一般的に、日本などの国では商標権について「先願主義」を採用しています。これは、商標権は先に登録した者に権利が与えられるという制度です。商標登録がされたとしても、その登録より前にそれと同じ商標を使用していたと主張する者が現れ、その者に商標権が認められると、一度登録された商標が取り消されることになり、商標登録の信頼性が低下することを防ぐことが趣旨であるとされています。しかし、中国ではこれとは異なる理論を採用しています。すなわち、社会主義唯物思想によれば、証拠がそろえば真実は必ず明らかとなるので、その真実に則って処理を行う方が事実に即していると考えるのです。このため、中国では知的財産関係において、しばしば先願主義を否定し、登録がなされていなくても先に使用していた者の権利が優先される場合があります。この根拠となるのが、商標関係でいえば商標法第32条で「商標登録を申請する場合、他人が現に有している先の権利を侵害してはならず、不正の手段を用いて既に使用している者がいる一定の影響がある商標を先に申請してはならない」という条文です。
しかし、このような条文があっても、グローバルスタンダードとは異なる手法のため、世界貿易機構(WTO)などの目もある中で、どのように知的財産関係の法をグローバルスタンダードに近づけるかは、中国の一つの課題でした。
しかし、今回の改正のように、「悪意の商標申請」は撤回されなければならないとされれば、先使用者の権利を無理に認めなくても、先願者の商標権が撤回させるのであり、一見すると先願主義か先使用主義かの論点に触れることなく、「悪意の商標申請は撤回されなければならない」という理論で外国企業の中国で商標が勝手に登録されているという問題を解決できるようになります。
しかし、ここで問題なのは、「使用することを目的としない悪意の商標申請」について、どのような場合に「悪意」であるとするのかという点です。日本の法律用語では「悪意」とは、「事情を知っていること」を意味しますが、中国では法律用語の「悪意」とは、日本と異なり「積極的に害を与えることを意欲する」ことを意味します(註3)。そのため、この改正商標法の「悪意の商標申請は撤回されなければならない」という条文を実務上用いるためには、第三者が当該商標申請者が「この商標を登録することにより、他者の利益を害することを知ったうえで積極的に行った」ことを証明する必要があります。他社の商標を登録して、長期間その商標を用いていなかった場合、悪意をもって商標登録を行ったと推測をすることはできますが、もし「今後この商標を用いる予定があるため、申請だけ先にしておいた。まだこの商標を用いていないのはたまたまである」と反論されたら、一般的にこれ以上追及することはできないでしょう。
そのため、施行日以降の「悪意の商標申請は撤回されなければならない」という条文の運用方法など注視していかなければなりませんが、現段階では中国でよく起こっている商標を先に登録されていたという問題が大きく改善されるとは考えにくいでしょう。しかし、表面上とはいえ、中国政府がこの問題を解決するためと思われる法改正を行ったことは積極的に評価できるでしょう。
【資料】中国の2019年改正商標法第4条
旧法(第4条) 自然人、法人もしくはその他の組織は、生産および経営活動中、その商品もしくはサービスに対して、商標専用権を取得する必要がある場合は、商標局に商標の申請をしなければならない。
本法の商品に関する商標の規定は、サービスの商標にも適用する。
新法(第4条) 自然人、法人もしくはその他の組織は、生産および経営活動中、その商品もしくはサービスに対して、商標専用権を取得する必要がある場合は、商標局に商標の申請をしなければならない。使用することを目的としない悪意の商標申請は、撤回しなければならない。
本法の商品に関する商標の規定は、サービスの商標にも適用する。
<註>
(1)「建築法等8部法律修正草案提請審議――悪意侵犯商標専用権賠償上限擬提高到五百万元」(全国人民代表大会ホームページ)http://www.npc.gov.cn/npc/cwhhy/13jcwh/2019-04/21/content_2085549.htm 2019年4月21日更新、2019年6月1日閲覧。
(2)楊万明(主編)『北京審判微閲読(六)知識産権』中国・人民法院出版社、2017年、68~69頁。
(3) 浦法仁(編写)『法律辞典』中国・上海辞書出版社、2009年、82頁。日本語では、呉逸寧「中国の民事訴訟における『職権的財産帰属命令』の運用と機能――日中比較法の視点を通じて――」『北大法政ジャーナル』(19号)北海道大学大学院法学研究科、2013年、7頁などに同意が書かれている。
■ 筆者 ■
WWIP中国法顧問 高橋 孝治(たかはし こうじ)
株式会社WWIP コンサルティングジャパン 中国法顧問
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
日本で修士課程修了後、中国法の魅力に取りつかれ、
都内社労士事務所を退職し渡中。
中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了(法学博士)研究領域:中国法。
法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)
著書に、『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015 年)、
『日本学(第二十編)』(共著・北京大学日本研究中心(編)、世界知識出版社、2018年)、
『中国年鑑2019』(共著・中国研究所(編)、明石書店、2019年)など。
『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。
日本テレビ「月曜から夜ふかし」(2015年10月26日放送)では中国商標法についてコメントもした。
株式会社ワールドワイド・アイピー・コンサルティングジャパン (WWIP : 東京都港区) は、本年4月23日に公布された改正中国商標法に盛り込まれた、「悪意の商標申請に対する規制の明確化」に関する評釈(筆:WWIP中国法顧問 髙橋孝治)を6月10日に発表しました。
(以下、全文)
中国の2019年商標法改正による悪意の商標
中華人民共和国(以下「中国」という)では2019年4月23日に「『中華人民共和国建築法』など8本の法律を改正することに関する決定(中国語原文は「関于修改〈中華人民共和国建築法〉等八部法律的決定」)」が全国人民代表大会常務委員会で可決され、同日公布されました。これにより、中国の商標法は改正され、2019年11月1日より改正法が施行されることになります。
この改正により、中国の商標法は、「悪意の商標申請」や「とりあえずの商標権取得」に対する規制が明確化されことになりました(註1)。中国では、商標を用いて経営活動をする気がないにも関わらず、他社(特に外国企業)が既に使っている商標をとりあえず申請して、他社が自社のロゴなどを中国国内で使えないようにして、後に商標権を高額でその会社に売却するなどのいわゆる商標ゴロがよく見られます。今回の中国の商標法改正は、その条文からこのような商標ゴロ対策のための法改正と言えるでしょう。中国では、このような商標ゴロが多くいるため、外国企業にとっては、中国では一部の企業がその商標でトラブルになることが多くありました。
これは中国で企業活動をする外国企業にとっては大きなことであると言えるでしょう。これまで、自社商標を中国で登録しようにも、既に別の者に商標登録されていることもありました。もっとも、中国では、先に商標登録をした者が商標を必ず独占的に使用することができるという訳でもありません。これまでにも中国では、事実上商標を先に使用していた者の商標権を先に商標登録した者に優先して認める裁判結果が出たことがありました(註2)。一般的に、日本などの国では商標権について「先願主義」を採用しています。これは、商標権は先に登録した者に権利が与えられるという制度です。商標登録がされたとしても、その登録より前にそれと同じ商標を使用していたと主張する者が現れ、その者に商標権が認められると、一度登録された商標が取り消されることになり、商標登録の信頼性が低下することを防ぐことが趣旨であるとされています。しかし、中国ではこれとは異なる理論を採用しています。すなわち、社会主義唯物思想によれば、証拠がそろえば真実は必ず明らかとなるので、その真実に則って処理を行う方が事実に即していると考えるのです。このため、中国では知的財産関係において、しばしば先願主義を否定し、登録がなされていなくても先に使用していた者の権利が優先される場合があります。この根拠となるのが、商標関係でいえば商標法第32条で「商標登録を申請する場合、他人が現に有している先の権利を侵害してはならず、不正の手段を用いて既に使用している者がいる一定の影響がある商標を先に申請してはならない」という条文です。
しかし、このような条文があっても、グローバルスタンダードとは異なる手法のため、世界貿易機構(WTO)などの目もある中で、どのように知的財産関係の法をグローバルスタンダードに近づけるかは、中国の一つの課題でした。
しかし、今回の改正のように、「悪意の商標申請」は撤回されなければならないとされれば、先使用者の権利を無理に認めなくても、先願者の商標権が撤回させるのであり、一見すると先願主義か先使用主義かの論点に触れることなく、「悪意の商標申請は撤回されなければならない」という理論で外国企業の中国で商標が勝手に登録されているという問題を解決できるようになります。
しかし、ここで問題なのは、「使用することを目的としない悪意の商標申請」について、どのような場合に「悪意」であるとするのかという点です。日本の法律用語では「悪意」とは、「事情を知っていること」を意味しますが、中国では法律用語の「悪意」とは、日本と異なり「積極的に害を与えることを意欲する」ことを意味します(註3)。そのため、この改正商標法の「悪意の商標申請は撤回されなければならない」という条文を実務上用いるためには、第三者が当該商標申請者が「この商標を登録することにより、他者の利益を害することを知ったうえで積極的に行った」ことを証明する必要があります。他社の商標を登録して、長期間その商標を用いていなかった場合、悪意をもって商標登録を行ったと推測をすることはできますが、もし「今後この商標を用いる予定があるため、申請だけ先にしておいた。まだこの商標を用いていないのはたまたまである」と反論されたら、一般的にこれ以上追及することはできないでしょう。
そのため、施行日以降の「悪意の商標申請は撤回されなければならない」という条文の運用方法など注視していかなければなりませんが、現段階では中国でよく起こっている商標を先に登録されていたという問題が大きく改善されるとは考えにくいでしょう。しかし、表面上とはいえ、中国政府がこの問題を解決するためと思われる法改正を行ったことは積極的に評価できるでしょう。
【資料】中国の2019年改正商標法第4条
旧法(第4条) 自然人、法人もしくはその他の組織は、生産および経営活動中、その商品もしくはサービスに対して、商標専用権を取得する必要がある場合は、商標局に商標の申請をしなければならない。
本法の商品に関する商標の規定は、サービスの商標にも適用する。
新法(第4条) 自然人、法人もしくはその他の組織は、生産および経営活動中、その商品もしくはサービスに対して、商標専用権を取得する必要がある場合は、商標局に商標の申請をしなければならない。使用することを目的としない悪意の商標申請は、撤回しなければならない。
本法の商品に関する商標の規定は、サービスの商標にも適用する。
<註>
(1)「建築法等8部法律修正草案提請審議――悪意侵犯商標専用権賠償上限擬提高到五百万元」(全国人民代表大会ホームページ)http://www.npc.gov.cn/npc/cwhhy/13jcwh/2019-04/21/content_2085549.htm 2019年4月21日更新、2019年6月1日閲覧。
(2)楊万明(主編)『北京審判微閲読(六)知識産権』中国・人民法院出版社、2017年、68~69頁。
(3) 浦法仁(編写)『法律辞典』中国・上海辞書出版社、2009年、82頁。日本語では、呉逸寧「中国の民事訴訟における『職権的財産帰属命令』の運用と機能――日中比較法の視点を通じて――」『北大法政ジャーナル』(19号)北海道大学大学院法学研究科、2013年、7頁などに同意が書かれている。
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『日本学(第二十編)』(共著・北京大学日本研究中心(編)、世界知識出版社、2018年)、
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仲介業者を挟まないことで、迅速かつリーズナブルナ費用でサービスを提供しています。
WWIPの商標サービスをぜひ、ご活用ください。
詳細はこちら https://wwip.co.jp/trademark_abord/
↑ ページ下の「知財関連資料請求はこちら」ボタンから、ダウンロードページで「商標申請 手引書」をダウンロードしてください。
<本件に関するお問い合わせ>
株式会社WWIPコンサルティングジャパン
TEL : 03-6206-1723
Email: official@wwip.co.jp
会社概要
商号 : 株式会社 ワールドワイドアイピーコンサルティングジャパン
代表者 : 代表取締役CEO 神代雅喜
所在地 : 〒105-0003 東京都港区西新橋1-17-11 (新橋東栄ビル2階)
事業内容
海外における知的財産に関するコンサルティング業務
知財保護(調査・摘発)、知財関連申請業務代行
1) ニセモノを発見し、模倣品工場の調査と摘発を行います。
2) 安心、安全な版権投資及び各種の投資を実現します。
3) 越境ECサイトの非正規流通を著作権侵害で摘発します。
4) 商標登録の申請をアジア全域で迅速に実施します。
5) 常時監視体制により効果的な冒認商標対策を実施します。
6) NMPA申請、CCC認証等の行政機関に対する登録を迅速に実施します。
URL : http://www.wwip.co.jp/
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